奴隷。

 数年前、ケタ違いのお金持ちさんと一緒におでんをつつく機会あったんですよね。
 まあ「金持ち」といってもいろいろですが、その時のお金持ちさんは祖父の代から続く筋金入りお金持ち。
 成金じゃないから金持ちっぷりが板についてる。
 たたずまいとかすげえナチュラルだし気さくだし。
 ユニクロかっこよく着こなしちゃいそうなタイプなんすよね。
 しかも親の七光でラクをしているだけというわけではなく、勤めていた大手企業を中途退職して飛び込んだうさんくささ爆発の新興IT企業があっさり上場、自分自身もIPOで巨万の富を築いたという、金持ちになる宿命を背負っているとしか思えないサラブレッドのような御仁でありました。
 住んでる家がまたスゴいんだ。
 ハンパなく広いしセンスいいの。
 成金趣味な感じはゼロだし、当時はやってた北欧系やミッドセンチュリー系の家具配置しまくって付け焼き刃センスを誇示する、という感じでもない。
 理にかなってて無駄がなく、本当に必要な物だけを的確にピックアップした結果の機能美。
 数式の直線上に位置するシンプルな美しさ、とでも言うべきでしょうか。
 戦闘機やロードレーサーの造形美に通じる、そんなお住まいでございました。
 でもね、僕が一番びっくりしたのは、家の広さでも美しさでもなく、もちろん美人妻にはびっくりしたけど、それならウチのお嫁さんだって負けてないし(※ただし痩せた場合に限る)。
 僕が一番びっくりしたポイントというのは、お金持ちさんの腕時計が『G-SHOCK』だったこと、なんですね。
 それも、機能盛りだくさんの最新モデルをつけてるわけじゃないのよ。
 学生の時に買ったヤツをそのまま使い続けてる雰囲気。
 あくまで僕の推測だけど、でもたぶん間違ってない。
 これにはマジで打ちのめされた。
 モーツアルトの楽譜見たサリエリくらい、とことん打ちのめされた。
 僕はこの人のものよりもはるかに高価な腕時計つけてるし、高い服だって着てる。
 靴下なんて3000円もするヤツ履いてるんだぜ?
 でも実際のところ、僕はこの人の10億分の1、いや100億分の1のお金さえ持ってない。
 ああそうか、貴族なんだ、この人は。
 ブランドの権威なんて借りる必要ないんだ。
 ってゆーかブランドの方が「○○王室御用達」「△△家御用達」なんて風に、貴族の権威借りて商売してんだもん。
 僕はブランドにお金を払いたがる人。
 この人は、ブランドがお金を払いたがる人。
 どうするよ、このいかんともしがたい戦力差を。
 人生30回あっても埋められないっつーの。
 心構えっつーか、見えてる世界が違いすぎるわ。
 また悔しいのがさぁ、このお金持ちさんと事前情報ゼロの状態で知り合った場合、それこそ新橋あたりの立ち飲み屋でたまたま意気投合しただけみたいな場合はね、まず間違いなくすげえ上から目線で「あーここ僕が奢りますよ」とか言っちゃいそうな僕の、人を見る目の無さね。
 たぶん古くさいG-SHOCKですべてを判断しちゃう。
 絶対に、間違いない。
 なぜなら僕は最近「彼氏の財布がマジックテープ式だった」というネタで爆笑してしまったから。
 どこまでいっても足枷の鎖を自慢する奴隷なんだろうなあ、僕。
 オマケに撃つべき王が明確ではないこんな世の中じゃ。
 ポイズン。