許可。

 4月23日。
 島に整形外科の専門医がやってくる日だ。
 ただし診察は1日40名限定。
 事前に予約をとっていなければ、どんなにひどいケガをしていても絶対に診てくれないらしい。
 非人道的な気もするが、しかし医者だって人間だ。
 他人のために自分の生活を犠牲にする必要はない、と思います。
 早めに診察を受け、競技参加の可否判断と警察への書類提出を済ませたかった僕は、予約開始の朝8時きっかりに病院へと足を運び、無事8番目の診察権をゲットしました。
 診断の結果は「骨は折れてないけど肩の筋が切れてるよ。もうちょっと切れてたら手術だったね。場所的にギプスやテーピングは不可能だから痛みが治まるまで3週間ほど耐えてください。トライアスロンには参加しても大丈夫です」
 その後診断書を作成してもらい、その足で警察署に行って諸々手続を済ませる。
 事故相手が加入している損保会社から電話があり、物損の査定などは東京戻ってからゆっくりやりましょうよということでとりあえず話をまとめた。
 宿に返ってから、借りたロードレーサーの整備を開始。
 タイヤとチューブそしてチェーンを新しいものに交換し、ペダルを自分のものに付け替えてからポジションをチェックする。
 身長190センチの人が乗ってるヤツだから僕にはオーバーサイズ気味のフレームだけど、そんなことは気にしてられない。
 ただシフターの調子が絶望的に悪いのと、フロント53─39T、リア12─23Tでなおかつ9速というギア構成には頭を抱え込んでしまった。
 普段はコンパクトドライブだもの。
 まあ頑張るしかないんですけどね。
 ──続く。

重機。

 4月22日。
 右肩周辺の痛み、絶好調!
 たぶんだけど、折れてはいない気がする。
 外れてる可能性は否定しきれないけど。
 気持ちは沈む一方だが、トライアスロンに向けてやらなくてはならないことが山積みだ。
 専門医の診察を受けることはもちろん、レースで使う自転車も調達する必要がある。
 まずは石垣在住のチームメンバーに連絡を入れ、事情を説明する。
 するとチームメイトはまず島にあるすべての自転車屋を回り、レンタルできるロードレーサーがないか尋ねてくれた。
 が、どの自転車屋でもトライアスロン用の予約でロードはすべて出払っていると言われそうだ。
 だがマウンテンバイクなら用意できるらしい。
 最悪ペダルだけ付け替えればなんとかなるか。
 つぎにチームメイトは友人知人のツテをたどってロードを探してくれた。
「中学校の同級生に自転車有名人がいる。そいつのオヤジがたぶんロード持ってるから、借りられるかどうか電話して聞いてみたけど繋がんなかった。海外いってるのかも……」
「誰っすか、その自転車有名人って」
「新城幸也」
 それは例えるならシューマッハの父親にフェラーリ借してくれってお願いするみたいなものだ。
 仮にレンタルできたとしても恐れ多くて乗れません。
 その後もチームメイトはありとあらゆる所に電話をかけ、そしてようやく「知り合いの知り合いの知り合いがロード持ってるらしい」という情報をつかみ、所有者と交渉してレンタルの許可をとってくれた。
 トライアスロン参加へ、一歩前進だ。
 早速ロードレーサーを受け取るため、チームメイトが運転するワゴン車で待ち合わせ場所へ向かう。
 着いたのは、重機のリース会社。
 巨大なダンプやショベルカーなどが所狭しとならんでいる。
 ロードローラー渡されかねない雰囲気だ。
 僕が挙動不審気味にちょろちょろしてると、事務所から余裕で身長190センチ以上ある男性が出てきた。
 どうやら彼がロードレーサーのオーナーらしい。
 そして登場したのがかなりデカいフレームサイズのキャノンデール。
 2001年購入のフルアルミ車だそうだ。
 しばらく乗ってなかったからという言葉通り、タイヤはひび割れチェーンは錆び、シフター&ブレーキの調整もかなりアバウトな感じだった。
 ホイールもすげえ重たい。
 しかし何はともあれ、ロードレーサーが手に入ったことには違いない。
 気になるところは部品交換とできる限りのメンテで乗り切ればいい。
 あとは医者の診断を待つのみ!
 ──続く。

右直。

 4月21日。
 午後三時、自転車かついで石垣島へ到着。
 送迎のワゴンに乗り込んでいつもの宿へ。
 早速自転車を組み立て海沿いの道を走行中、反対車線から強引に右折してきた原付と接触して転倒。
 バチンバチンと音がしてビンディングが外れ、そのまま4〜5メートルほど吹っ飛ばされたあと右肩から地面に激突。
 石垣島到着後、わずか1時間後の出来事だ。
 原付と衝突する瞬間思ったのは「うそ、曲がるの!?」だった。
 事故相手の男性が「俺が見えなかったのか?」とか「ちゃんと歩道、走ってた?」などとふざけた言葉を投げかけてくるのをすべて無視し、また身体のダメージも一切気にせず真っ先に自転車をチェック。
 ホイールがバキバキに壊れ、フロントフォークも目視できるレベルで歪んでいた。
 ただ、フレームそのものはかなりキレイだ。
 傷ひとつ無いレベルといっても過言ではない。
 事故を目撃した人(幸いなことに看護婦さんでした)が通報してくれたらしく、すぐに救急車とパトカーがやってくる。
 首に大げさなコルセットをはめられ、脈拍や瞳孔の状態をチェックしたあと、そのまま救急病院へ搬送。
 自転車どうすると聞かれたから、すいませんけど病院まで一緒に運んでもらえますかと無理を承知でお願いしたところ、快く救急車に積み込んでくれた。
 かつで多摩サイで見かけた光景が、まさか自分の身に降りかかろうとは……。
 病院で手当を受け、強打した右肩周辺をレントゲン撮影したものの、現在専門の医者が島内にいないため診断&治療ができないらしく、金曜の朝まで湿布と痛み止めで頑張ってくれと告げられる。
 ひょっとして折れてるかもしれないと思うくらい痛いけど、医者がいないんじゃしょうがない。
 耐えるしかないわな。
 手当と検査が終わってからお嫁さんに電話を入れる。
 ジュース代程度しか現金の持ち合わせがなく、病院代を払えないからだ。
 できるだけお嫁さんを驚かせないように気を配りながら事情を説明し「とりあえずお金を持って病院まできてくれたらありがたいんですが……」とお願いしたら横で会話を聞いていた看護婦さんが笑ってた。
 お嫁さんがいる宿と病院は目と鼻の先、タクシー乗ってもワンメーターでなんとかなる距離だ。
 ところが待てど暮らせどお嫁さんが現れない。
 事故の知らせを聞いて動転し、うっかり階段を踏み外して動けないでいるのではないかとか、パニック起こして過呼吸で苦しんでいるのではないかとか、だんだん心配になってくる。
 だが連絡後一時間以上過ぎてから病院に到着したお嫁さんは元気そのもの。
 遅かった理由を尋ねたら「原稿書いててそれどころじゃなかった」と。
 まさにプロ!
 僕とは覚悟が違う。
 心の底から尊敬する。
 しかし数年前、実家で買っていた犬が今わの際を迎えた際、お嫁さんはすべてを放りだして帰省したことを考えると、夫婦として一抹の寂しさをぬぐいきれないのもまた事実だ。
 しょんぼり。
 まあ事故した僕が悪いんだけれどね。
 お嫁さんに病院のお金を払ってもらい、処方された薬と湿布を受け取ってから宿へ帰還。
 これがただの旅行ならいきなり災難でしたねあとは保険屋に任せましょうで済む話だが、今回のハイライトは4日後に開催されるトライアスロンへの参加だ。
 少なくとも自転車はちょっと修理したからといって即走れるようになる状態ではないし、僕の身体も折れてるのか曲がってるのか切れてるのか裂けてるのか、まったく見当がつかない。
 どうする?
 どうなる、俺!
 ──続く。